最近、新聞紙上を騒がせた東海村ウラン加工施設JCOで起きた臨界事故は、私ども医師たちにとっても他人事ではない。臨界というのは核分裂の連鎖反応のことを指し、放射線の一種である中性子線が大量に放出される。今回の事故は、ウラン燃料製造で正規の課程を踏まずにバケツでかき混ぜた大量のウラン溶液を沈殿槽に投げ込んだ結果、ウラン量が臨界量を超えたために起こった、と報道された。事故直後、14人の作業員から危険量の放射能が検出された。仕事で放射線を扱う人の1年間に浴びてもよい放射線量の年間限度は50ミリシーベルト(mSv)とされているが、今回、作業員が浴びた被曝(ばく)量は数10mSv以上とみられている。 今回の事故で思い出すのは、1986年4月、旧ソ連邦チェルノブイリで発生した原子力発電所事故である。原発で働いていた人のうち134名が急性放射線障害をきたし、28名が3カ月以内に死亡した。10年経った1996年、世界保健機構(WHO)などの調査から、周辺汚染地域で当時子供であった者から800名に及ぶ甲状腺ガンの発生が報告された。これは10万人あたり202名の発生頻度であり、日本や欧米における子供の甲状腺ガン発生頻度(100万人に1名)に比べ、少なくとも100倍以上を示し、放射線被曝による晩発性障害として世界を驚愕させた。放出された放射性ヨウ素被曝との関係が強く推察されている。
さて、私ども医師は放射線を毎日の診療に用いている。病気の診断や治療に欠かせないからである。最近、X線検査のリスクについて、東大名誉教授の吉沢博士からうかがった事例を紹介しよう。33歳の主婦、ぎっくり腰になり近医を受診した。腰のX線写真が4枚撮影された。その10日後に婦人科の診察で妊娠が判明した。最終月経開始日はX線を撮った日の11日前であった。主婦は、「妊娠初期に放射線を被曝すると、奇形児が生まれることがある」という話を聞いたことがあり、不安になった。中絶すべきかどうか、何人かの医師に相談した。「おろしなさい」「いや、大丈夫だ、生みなさい」。医師によって意見は様々であった。相談を受けた吉沢先生は、「赤ちゃんが欲しいのなら赤ちゃんを産みなさい」と答えたという。その根拠は「胎児の被曝線量が100mSvを超えたら、人工妊娠中絶の適用を検討する」という考えが専門家の間では妥当なものとして認められていたからであった。4枚のX線撮影は、安全域にあった。
受精2〜8週は胎児の奇形発生のリスクがある。X線量は50mSv以内に抑えるのがよいとされている。妊娠可能な女性のX線撮影は月経開始日から10日以内に行うようにしている医師も多い。参考に、1枚の胸部X線撮影で受ける被曝線量は0.1〜0.2、胃透視10枚で2mSv程度である。