胃十二指腸潰瘍は胃酸過多症という体質が病気の本質と考えられてきた。近年、胃酸を減少させる有効な薬が開発されたが、薬を飲まなくなると再発するため、潰瘍の病因はやはり体質にあるとみなされてきた。
ところが、胃の出口にあたる幽門部に生息するピロリ菌という細菌こそ、胃粘膜の防御機構を低下させ、胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍をもたらす犯人であることが最近の研究で解(わか)ってきた。
ピロリ菌は正式にはヘリコバクターピロリと言う。ヘリコはらせん状という意味、ピロリはピロルス(胃幽門部)からとった言葉で、胃幽門部に生息するらせん状の菌という名称である。好気性のグラム陰性桿(かん)菌である。ウレアーゼ活性を有するのが大きな特徴で、ウレアーゼによる尿素分解で生じたアンモニアによる細胞障害や、好中球放出の活性酸素が病原因子となって胃粘膜の防御機構を低下させることが解ってきた。ところで、ピロリ菌が胃内の強い酸性環境でぬくぬくと生息できるのは、自身が産生したアンモニアで胃酸を中和しているからである。
米国では1994年、NIHから「ヘリコバクターピロリ菌陽性のすべての胃潰瘍および十二指腸潰瘍は、胃酸分泌抑制薬に抗菌薬を併用して除菌すべきである」と勧告があり、その後世界中でコンセンサスが得られ,除菌療法が推奨されてきた。我が国では、昨年11月1日ようやく、ピロリ菌に対する治療と検査が健康保険の適用になった。
現在もっともスタンダードの除菌治療法は、酸分泌抑制作用のあるプロトンポンプインヒビター(PPI)と、ピロリ菌に感受性を示す二種類の抗菌薬の組み合わせの内服治療である。我が国で承認された方法は、成人ではPPIであるランソプラゾール、抗菌薬であるアモキシリン、クラリスロマイシンとの三剤同時投与である。一週間の内服で約90%の患者さんで除菌に成功する。再発はほとんど認められない。10人に1人は下痢、軟便を来すが、あまり心配のない合併症である。
ピロリ菌に感染しているかどうかの診断は比較的容易である。内視鏡で生検し、ピロリ菌の有無を調べる方法もあるが、簡単には尿素呼気試験がある。ピロリ菌は前述のごとくウレアーゼという酵素を持っており、尿素をアンモニアと二酸化炭素に分解する。診断薬(尿素製剤)を内服させ、内服前後で呼気を採取し、呼気中の二酸化炭素量を比較することでピロリ菌の有無を診断できる。
まだ、ピロリ菌は研究途上であり、胃がんとの因果関係など謎は多いのであるが、少なくとも胃十二指腸潰瘍で苦しむ患者さんは激減するはずである。「先生、一生この薬を飲み続けなければならないのですか?」という患者さんの素朴な質問は,もはやないはずである。