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 肝性脳症     消化器外科医 別府 倫兄


 肝性脳症とは肝臓が原因で出現する脳症状を指す。背景には肝細胞の機能不全と、門脈血シャント(短絡)の2つの因子が関与している。劇症肝炎などの急性肝不全例を除けば、一般に肝硬変などにみられる脳症は可逆性で治療によく反応する。脳そのものは正常である。

 55歳、女性。最近、職場で時々ぼんやりすることがあり、同僚に簡単な計算の間違いを指摘されたこともあった。あるとき、勤務中に気を失い病院に運ばれた。心臓発作と脳卒中は否定され、血糖値も正常であった。血中アンモニアが高値で、肝性脳症と診断された。アミノ酸製剤の補液と浣腸による腸洗浄で意識は回復した。

 筆者が医者になりたてのころ、東大の外来で肝性脳症の患者を診る機会が多かった。Eck(エック)という手術を受けた患者さんたちである。当時、門脈圧が高いために食道静脈瘤から出血する患者には、この手術が行われていた。これは圧の高い門脈を圧の低い下大静脈へつなげる手術である。成功すると門脈圧が下がって出血はぴたり止まる。しかし、本来肝臓に注がれるべき門脈血が肝臓をバイパスして脳へ流れてしまう。その結果、アンモニアや低級脂肪酸などの中毒物質が肝臓で代謝、解毒されずに脳に入り、脳症を来たすのである。

 この手術を受けた患者さんたちは何かのんびりして、人なつこく幸せな感じで、世間を超越していた。計算ができなくなり、トイレでない所で排尿してしまう患者さんもいた。止血されても社会復帰はできなかった。

 さて、実は肝硬変症など門脈圧亢進を伴う患者さんたちは、Eckの手術をしなくてもこの門脈下大静脈系シャントが自然に形成される。肝硬変症では門脈の血流抵抗が増大するので、圧の逃げ道として門脈のバイパス路が形成され発達してくる。静脈瘤もバイパスのひとつである。シャントが発達すると本来の肝血流量が減少し肝機能は低下する。

 中毒物資であるアンモニア、メルカプトン、低級脂肪酸などはいずれも腸内細菌が関与して腸管由来で産生されるので、便秘の時に脳症が起こりやすい。腸内細菌を減少させる抗生物質や緩下剤の投与、浣腸は有効である。肝不全時には分枝鎖アミノ酸(BCAA)の減少、芳香族アミノ酸(AAA)の増大が起こる。これも脳症の一因として知られており、BCAA(フェニールアラニン、チロシン、トリプトファン)含量の多いアミノ酸輸液が脳症の覚醒に有効となる。

 肝外シャント(猪瀬型肝脳症)による脳症の場合はシャントの遮断が有効となる。先の55歳の女性は門脈循環が左腎静脈とつながっていたため、後日このシャントを外科的に結紮(けっさつ)した。高アンモニア血症、脳症は改善し、職場に復帰できた。

 末期肝硬変症では肝内シャントの関与が大きく、治療の限界である。肝移植の適応であろう。

   
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