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自転車普及時代と白旗神社 郷土史研究家 平野 雅道

 

神社鳥居の右裏の記念碑 自転車というと思い出す。昭和20年代後半から30年代にかけては大人の自転車しかなく足がペダルに届かない。三角乗りで小学生はバランスをとった。ケガをしないで何回転んだかが自慢であった。宮崎駿のアニメ映画作品「トトロ」で農家の男の子が巧みに操縦するシーンがある。懐かしい風景である。

 大正12年9月の関東大震災を記録した『藤沢町大震災写真帳』(神田写真館大正13年11月印刷)の通行写真に多く登場する自転車は、街角の風景に溶け込んでいる。加藤徳右衛門著『現在の藤沢』(昭和8年刊行)には昭和6年「自勤自転車所有表」がある。商業者の20軒が数えられる。この「自勤」とあるのは自動自転車のこと。現在の原動機付き自転車で商業用には21台。家庭用普通自転車が2800余とある。当時の世帯数は約8000世帯、4分の1の家庭で保有されている。乗用自動車がまだ38台なのでかなり大衆化されていた。

 明治30年代は富裕階層の遊びで愛用されていたが、40年代から会社・商店の業務用にも普及、さらに大正期に入って大衆化は目覚しい。国内の自転車産業は大正3年第一次世界大戦の輸入激減を機に飛躍的に発展した。そんななか大正5年(1916)地元自転車業四店が結成した「輪盛会」は白旗神社社殿の脇から現在の弁慶藤―社務所の東外側に自転車競技用のグランドを建設した。大鳥居の右裏には「記念碑」がある。裏面には

  「大正五年当町輪盛会ハ公園拡張ニ際シグランド新設  ヲ発起シ全町有志寄附募集ニ尽力ノ結果、其ノ実現ヲ  見ルニ至リ(後略)」

 このことは白旗神社の機関紙「ささりんどう」平成9年に詳しく紹介されている。現在も藤沢1丁目本町交番前で営業されている「鈴木自転車店」の2代目「鈴木武雄」さんの手記によるものでまだ外車が主流、輸入自転車は高価だった。国内メーカーの普及事業の一環で記念のレースが行われた。現在、通称「御殿辺公園」のほぼ中央にポプラ並木がある。並木西側に接したコースで、コース内には源平池といった蓮池、江戸期にあった荘厳寺跡地が入ってしまう。草競馬ならぬ「草競輪」である。

 鈴木自転車店、現在のご当主は3代目功(いさお)氏、専門店として頑張っている。

   
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