バックナンバー

義経胴体塚の新たな供養塔 郷土史研究家 平野 雅道

栗駒町沼倉小学校伝承の鳥舞い 平成11年縁あって藤沢の義経首塚と栗駒胴体塚の合体慰霊の神事以来、宮城県栗原市栗駒町沼倉の判官森を訪れている。7月の義経祭には毎年参列している。東北の義経伝承と栗駒山と沼倉の地に魅了されている。

 今年1月、真冬の山里を知ろうと「義経しのびの湯」くりこま荘に出かけた。往復1200キロはいつも車であるが雪道を甘く見た。普通タイヤにチェーンの装備だけでは歯が立たなかった。急坂が多いのである。標高400メートル栗駒山中腹にある定宿くりこま荘には何とか到着したものの一晩の積雪で下山できなくなった。宿主の菅原次男さんが谷底に落ちたら大変だ、四輪駆動車を貸すと言う。4月雪解けまで預かってやる、という申し出に東北人の知恵を感じた。4月史料収集で再訪した。現地では、この話がすっかり有名になっていた。

 7月17日、もう定例年中行事になっている「源義経公生誕847年祭」に前日から参加した。前夜祭は野辺迎え火祭である。かがり火に100本のローソク2列が判官森を照らした。小さい丸い光が乱舞している。森の湧き水には蛍が生息しているのである。  翌日早朝から、義経東下りを記念して栗原寺から兜神輿(かぶとみこし)の巡幸から始まった。今年は私も修験者先達(せんだつ)となった。いきなりほら貝を吹けという、ままよと、何とか鳴った。拝舞殿が農協広場に設営された。判官森と対峙している。新しい供養碑が栗原市長と私とで除幕された。

     (表)源義経公奥都城
(裏)神奈川県藤沢市の源義経公御分霊を
迎霊し 判官森御葬礼所の源義経公御分霊
と合せ祀る
  平成十一年七月二十五日 迎霊先達 建立

 舞殿では地元伝承の猿飛来(さっぴらい)神楽、沼倉小学校生徒の鳥舞が演じられ祝い餅も投げられた。演歌新曲「奥州しのび唄(うた)」も奉納された。先達の私は大汗をかきかき何度も舞殿に登場させられた。打ち合わせも予告もなしである。不思議とそれが一番調子がいい。なんでもすぐに乗ってしまうのが自分の本性だったのだ。

   
本ホームページに掲載の記事・写真など、一切の無断転載を禁じます。ご注意ください。
Copyright(C) 2006, The SHONAN ASAHI