平成13年夏、遊行寺の塔頭の一つ長生院を訪問した。その年の春から文教大学国文科の諸先生と共同研究に参画するチャンスに恵まれた。テーマは小栗判官照手姫伝承である。私は、それ以前から各種残された長生院発行の『小栗略縁起』を収集していたので調査訪問したい第一の候補でもあった。特別にご許可を頂いて長生院所蔵の什宝(じゅうほう)を拝見する機会を得た。
寛政九年(1797)9月に刊行された『東海道名所図会(ずえ)』には遊行寺にかなり紙数をさき、その中で長生院小栗堂は挿図とともに小栗伝が詳細に記されている。
藤沢道場の東一町にあり、子院の中にて長生院と
いう、小栗満重(みつしげ)像(38歳)・地蔵
尊―恵心の作、照姫の守り仏・閻魔王―小野篁
(たかむら)の作、また傍らに小栗十人原の古墳
あり、什宝鬼鹿毛くつわ、祟寧通宝(そうねいつ
うほう=古銭)・天狗(てんぐ)爪・古鏡
これらは現在も小栗堂内外に安置されている。小栗小伝も確認させて頂いた。漢文体のものと文化8年(1811)『小栗略縁起』を拝見できた。さらに小栗判官10人の家来掛け軸と、照手姫法体の姿絵があり、上部には詞書がある。
長生院寿佛房之真影
世迺宇佐遠 身尓之通末 頭婆通比尓 此保都决迺
美知茂志良 傳寸倶羅武
何のことか、と思うかもしれないが、万葉仮名である。
世のうさを 身にしつますは つひにこの
ほとけのみちも しらですくらむ
この和歌は明治後期の「小栗略縁起」末尾に小栗判官のものと併記されている。
法楽和歌 平満重
うちむかふ こころのかかみ、くもらすは
けに御熊野の神や守らむ
意味は『たちむかう心が鏡のように澄んでいれば、本当に熊野の神が守ってくださるものだ』と解釈できる。照手姫のそれは『世の中の苦界に身を落とさなければ、最後まで仏の道を知らずに一生をおえてしまう』と理解できる。
長生院に伝わる縁起は恋物語だけではない。地獄の苦しみから蘇生した小栗と青墓の遊女に売られた照手姫が仏縁で結ばれ、ここに庵を結ぶ長生院の由来をも語っている。